はじめに
この記事の目的は「これからイタリアでポスドクとして働くという人に自分の経験を共有する」ことです。 そんなマニアックなことを書いてどうするのか?と思うかもしれませんが、私も他の人のブログに助けられたので、きっとこの記事も誰かの役に立つと思って執筆しています。 本記事の対象者は既にイタリアの大学、研究機関からオファーをもらっている人を想定しています。 オファーを勝ち取るための情報などについては載せません。
すでにイタリアでポスドクをする上での情報が書かれたサイトはあります。 中でもお世話になったのが大阪大学の山口先生の記事とこちらのブログです。 特に後者のブログにかかれていることは私の経験とよく一致しています。
しかし、これらのサイトにかかれている情報は古くなっていたり、私の実体験と異なっている部分もあったため、私も情報を残しておこうと決めました。 記事の日付を見ればわかると思いますが、本記事は 2021 年に書かれています。 私が実際にイタリアに着いた日は 10 月 1 日なので、 この記事は私がイタリアに既に引っ越しをしてから書かれています。 もちろん人それぞれ必要な手続きは違うと思われますので、受け入れ先機関や大使館などとはしっかり連絡を取り何が必要なのかは確認するようにしてください。
イタリアで研究を開始するまでの流れ
オファーをもらってからイタリアの大学に着任するまでの手続きの大まかな流れとしては以下の通りです。
- オファーをもらう
- 等価証明書(Dichiarazione di Valore)という学歴証明を準備する
- 内定書(Convenzione di Accoglienza)にサインをしてイタリアに郵送する。
- 労働許可証(Nulla Osta)を申請し、発行されるまで待つ
- (日本の大使館・領事館で税番号(Codice Fiscale)を発行する)
- 日本の大使館・領事館でビザを発行する
- 渡航
- 滞在許可証(Permesso di Soggiorno)の申請
- 大学との契約書にサイン
基本的にはこれらの手続きには依存関係があるので、上から順にやっていくしかありません。
私はオファーをもらってからビザを取得するまで(つまり 1-6 を行うのに)約半年かかりました。 ダラダラと進めていたわけではなく、急いで準備をした結果が半年です。 なお、コロナ禍の中での準備だったので平時より時間がかかった可能性はあります。 いずれにせよ、時間はかかるものだと思って早めに準備は進めた方が良いと思います。 もちろん、この他に通常の卒業・退職、引っ越しなどの手続きは並行して進めなければいけません。
なお、大使館もしくは領事館と手続きを行うかは日本での居住地で決まります。 基本的には、東日本在住なら大使館、西日本在住なら領事館での手続きとなります。 私は大使館で手続きを行ったので、以下では領事館に関する話は一切出てきません。
オファー~等価証明書
オファーをもらってから最初にしなければいけないのが等価証明書(Dichiarazione di Valore)の準備です。 等価証明書とは「日本で得た学位がイタリアにおける学位と同等のものである」ことを証明するための書類です。 等価証明書の取得が全手続きの中でも一番大変かもしれませんし、お金もかかります。
等価証明書はすぐに発行できるものではなく準備にとても時間がかかるのにも関わらず、提出期限がありました。 私の場合は公募情報が書かれた法的文書に「オファーを受け取り、受諾する場合には 60 日以内に等価証明書を提出」するようにと明示されていました。
なぜ、等価証明書の準備に時間がかかるのかというと
- 学位記、成績証明書などの法定翻訳が必要であるから
- 学位記、成績証明書などに外務省の公印確認が必要だから
- 必要書類をそろえたとしても、大使館・領事館で実際に等価証明書を発行するのに数週間かかるから
翻訳はイタリア大使館で指定されている翻訳者1に頼む必要があります。 私は、L&L イタリア語翻訳センターにお世話になりました。 とても丁寧に対応してくださったのでおすすめです。 翻訳者の方々は留学などの手伝いを何度もしていますので、どのように手続きを進めるべきかの知識も豊富です。 早めに翻訳者の方と連絡をとることをおすすめします。
次に、どのような書類を準備、翻訳すればよいのか説明をします。 私の場合は修士号を持っていることの証明を求められたので、
- 学部の成績証明書
- 学部の卒業証明書
- 修士の成績証明書
- 修士の修了証明書
を準備する必要がありました。 修士号までしか必要なかったのは、イタリアではポスドクの応募には博士号を要求しないことが法律で決められているからと聞きましたが詳しくはわかりません。 (こうすることで博士取得間近の人もポスドクに採用できるというメリットがあります) 上記の書類は英語で発行できるなら英語でも発行したほうが良いでしょう。 英語が好ましい理由は 2 つあります。
- 英語の書類を翻訳をしなくても受け入れてもらえる可能性があるから
- 英伊翻訳の方が日伊翻訳より容易だから
最近イタリアの法律が変わったらしく、英語の書類は翻訳をしなくてもよくなったと翻訳者の方が教えてくださいました。 しかし、英語の書類を受け付けるかどうかは大学や研究所が最終的には判断します。 時間、費用の節約になるので、英語でいいかどうかは必ず確認しましょう。 私は最初はダメだと言われましたが、ゴネたら英語でも良いと認めてもらえました。 英伊翻訳の方が簡単なので英語版が欲しいというのは、翻訳者からのリクエストです。 学部名や授業名の翻訳は日本語から直接行うのが難しく、英語版があると参考になるものがあって良いとのことです。
すべての書類に公印確認が必要です。 公印確認は本来さほど時間のかからないものですが、コロナ禍という状況下ではレターパックでの郵送でしか手続きが行えませんでした。 とはいえ、外務省は日本の機関ですので、1週間もせずに公印確認はとれたと記憶しています。
すべての書類に公印確認が取れて、翻訳も済んだら大使館にこれらの書類を提出する必要があります。 実際には、翻訳者の方に書類を郵送し翻訳者の方に書類の提出、等価証明書の受け取りをお願いしました。 翻訳者の方の説明だと、翻訳者が書類を提出をして翻訳が正しいことの宣誓をする必要があるので翻訳者が大使館に出向く必要があるとのことでした。 翻訳者との郵送を含め、公認確認が取れてから 3 週間ほどでてもとに届きました。
最後に費用についても書いておきます。 領事館による書類のレガリゼーションと等価証明の発行などで、4万円くらいの費用が発生しました。 翻訳が必要だった場合にはさらに数万円の費用が必要でした。
内定書
等価証明を大学に送ると大学側が Convenzione di Accoglienza という内定書のようなものを用意してくれます。 ここには
- 雇用形態(ポスドクは通常個人事業主扱い)
- 雇用されるプロジェクト
- 給与
- その他、健康保険(Servizio Sanitario Nazionale, 略称 SSN)に関する情報
が書かれています。 私の場合は給与は額面だけ書かれていて手取りはわかりませんでした。 イタリアの税制度はかなり複雑2なので、問い合わせても手取りは大まかな額しか教えてくれませんが、気になる人はしつこく聞けばより正確な額を教えてくれるかもしれません。
送られてきた書類に不備や不満がなければサインをしてそれをイタリアまで郵送します。 私は EMS で送りましたが書類が届くまでコロナの影響などで 1 ヶ月程度かかりました。 こちらに来てからわかったのですが、イタリアで EMS を扱っている SDA という Poste Italiane の傘下の会社はすごく評判が悪い3ので、FedEX や DHL などの民間のサービスを使った方がよいかもしれません。 そもそも 2021 年 12 月現在はイタリアへの日本郵便を使った航空便は停止されています。 これはイタリアのナショナルフラッグシップであった Alitalia が国有化され Ita Airways に変わったことが影響していると言われていますが、早く復旧することを祈るのみです。
労働許可証~ビザ取得
Convenzione di Accoglienza へのサインが終われば、大学との契約手続きはひとまず終了でビザ取得を目指すことになります。 そのためには、イタリアでの労働許可証(Nulla Osta)をまず取る必要があります。 労働許可証さえ取れてしまえばビザの取得は簡単です。
労働許可証は大学側が所属する県の移民局(Prfettura)に申請をするので、自分ですべきことはありません。 自分ができることは、大学事務や移民局に進捗を聞いたり圧をかけ続けることくらいです。(したほうが良いと思います) 申請から発行までに 3 週間から 1 ヶ月程度かかったように記憶しています。
労働許可証が発行されると日本の大使館に電報が送られ、これが届くと大使館でビザの申請ができます。 電報が届いているかどうかはメールなどで大使館に確認することになります。 届いていた場合はビザ申請の予約をします。 大使館のサイトにはオンライン予約システムを使うと書かれていますが、私が申請したときにはこのシステムは機能していませんでした。 そのためメールで予約を行いました。 予約が埋まっている可能性もあるので、渡航日が近い場合は労働許可証が届く前から(申請中の段階で)大使館に問い合わせて予約が取れるかを確認することをおすすめします。
ビザ申請の予約ができたら後は必要書類を予約日までに準備するだけです。 準備するのに必要な書類は大使館のサイトの「研究ビザのチェック・リスト」を参考にしてください。 一番大事な書類が「ビザ申請用紙 タイプ D」です。 自分の情報と受け入れ先機関の情報を書いていくことになりますが、受け入れ先機関の情報は大学事務などと確認しながら埋めるようにしましょう。 アドバイスとしましては、「20. 旅行の主目的」は「その他」を選び“Research”と記入する、「23. 入国希望回数」は“Multiple entries”を選ぶといいでしょう。 前者に関してはそのように記入するように大使館のヴィザセクションの方から指示されました。 また、入国希望回数は“Multiple entries”にしないと、出張などでイタリアから他国に行った際に再入国ができなくなります。4 繰り返しになりますが、わからないことがある場合は受け入れ先機関と大使館に質問をしましょう。
申請日は大使館に時間通りに行って、書類を提出するだけです。 学生ビザと違い預金証明が必要がないので、特に審査も面接もありません。 書類に不備がないかを確認するだけです。 書類提出と同時にパスポートも預けるのでしばらくパスポートが手元にない状態になるので注意してください。 研究ビザの場合は申請料は無料でした。 (チェックリストには申請料を用意するように書いてあるのに金額が書いておらず、いくら用意していけばよいのかわからなかった記憶があります。)
受け取りは 10 日程度たった後に大使館のビザセクションが空いている時間帯(午前中)に取りに行くだけです。 予約は必要ありませんでした。
ビザ申請と同時もしくはそれより前に大使館に税番号(Codice Fiscale, 以下 CF)の発行を申請することができます。 CF は日本のマイナンバーのようなものでイタリアで重要書類を書く際にはほぼ毎回記述させられます。 受け入れ先機関との契約、家の契約、携帯の契約などの際に CF を求められるので、CF はイタリアに着いた初日もしくはイタリアに付く前から大活躍します。 イタリアについてから CF の申請することもできるのですが、日本で事前に発行することをおすすめします。 大使館の領事部にメールを送るだけで発行してくれます。
渡航後の流れ
滞在許可証(Permesso di Soggiorno)の取得などについてはまた後日書きたいと思います。